閉塞型睡眠時無呼吸症候群(SAS)の概要
以下は愛知医科大学付属病院睡眠医療センター部長で同医学部内科学講座循環器内科塩見敏明助教授の著書(注1)を参照しながら概要を述べる。
注1、 『危険な眠気「睡眠時無呼吸症候群」』塩見利明著、二見書房刊、2003.6.発行。
1、睡眠の質
平均的な人にとって、人生の約3分の一は眠っている。3分の2に当たる昼間の活動で生じた脳の疲れを回復するため、眠りにより脳を休ませ、翌日の活動に備えるためである。
人はレム睡眠とノンレム睡眠を毎晩90分周期で四〜五回繰り返している。レム睡眠とノンレム睡眠が規則正しく見られるときは清々しい朝を迎えることができ、その日一日を生き生きとすごせるが、SASでは当然睡眠の質、量ともに著しく損なわれる。
2、SASの症状と生活への影響
@,閉塞型SASの症状として、日中の眠気、倦怠感、頭痛、睡眠中の大いびき、窒息感や苦悶呼吸、夜間頻尿などがある。
A,日中の眠気は、頻回な無呼吸後の脳波上覚醒による夜間の睡眠分断に起因する。その結果、翌日に交通事故、労働災害、学業・作業能率の低下をきたし、放置するとうつ状態やQOL低下につながる。
3、SASの合併症
睡眠中の無呼吸が原因で死にいたることはきわめて稀だが、無呼吸は低酸素血症や高炭酸ガス血症になり血液が酸性に傾き呼吸性アシドーシスを引き起こす。その結果、自律神経系や内分泌系の異常、高血圧や糖尿病などを引き起こす。SAS患者は、非SAS患者に比べて高血圧、心疾患、脳血管障害の罹患率が数倍高い。
4、生活習慣病の改善に睡眠指導を
@,AHI指数30以上のSAS患者の80%は「肥満」と診断され、さらに肥満を含む「死の四重奏」即ち@上半身肥満 A耐糖能障害 B高TG血症 C高血圧を多くもっている。これらに共通する背景因子として、インスリン抵抗性と高インスリン血症がある。SASは「生活習慣病の重症型」と言える。
A、生活習慣病の改善に睡眠指導:生活習慣の改善の柱は「体重減少」「減塩」「節酒」「禁煙」「運動」の五項目であるが、さらにこれらに「睡眠指導」を加える必要がある。睡眠指導がなければ、在宅の栄養指導や運動指導はただ追いこむだけで、つらいシステムになる。
5、最近の知見
@、軟口蓋インプラント(注2)
閉塞型SASにはCPAP療法が第一治療選択とされるが、CPAP療法に困難を覚えるものも少なくない。耳鼻咽喉科的手術が次の選択肢となる。標準的手術として、咽喉および軟口蓋の後方にある過剰な組織の除去を行なう口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(UPPP)があるが、患者に与える侵襲は小さくはない。最近Craig Schwimmer, MDらにより発表されたPillar
Palatal Implantは局所麻酔下に専用のニードルを用いて特製インプラントを軟口蓋に挿入する簡単なもので、睡眠時無呼吸といびきに有効であることが示され、FDAはこの二つの適応で認可した。
注2、2005 Annual Meeting of the AmericanAcademy of Otolaryngology - Head and Neck Surgery, Los Angeles, Sept. 25-28, 2005. John H. Romanow, MD, FACS, staff
otolaryngologist, Lahey Clinic, Burlington, Mass. Regina P. Walker, MD,
clinical associate professor, department of otolaryngology, Loyola University
Medical Center, Maywood, Ill. Craig Schwimmer, MD, MPH, medical director,
Snoring Center of Dallas。
A、閉塞型睡眠時無呼吸症候群とうつ病(注3)
閉塞型SASを有する人はうつ病の徴候を示すことが多く、事実、両者の症状は疲労、眠気、消耗、意欲低下、いらつき、集中困難など重複が多い。Daniel
Schwartz博士(注3)は、SAS患者50例(うち19例は研究開始時に2カ月間以上にわたる抗うつ薬投与を受けていた)を対象に、4-6週間のCPAP療法前後のうつ病検査を行ったところ、CPAP終了時点で、うつ病スコアは有意に低下したそうである。
そこで閉塞型SAS又はうつ病が疑われる患者は、SAS又はうつ病の相互のスクリーニングを受けるべきであると述べている。
注3、Schwartz, D. Chest, September 2005; vol 128: pp 1304-1309. News release, American College
of Chest Physicians
睡眠時無呼吸症候群の定義(米国:Guillminault,1976)
「一晩7時間の睡眠中に、10秒以上の気流の停止(無呼吸)が30回以上認められる」。あるいは、「1時間あたりの睡眠中に気流の停止(無呼吸)が5回以上」の場合、睡眠時無呼吸症候群という。
無呼吸・低呼吸の定義
(American Academy of Sleep Medicine)
無呼吸(Apnea)とは?
睡眠時のamplitudeのbaselineより20%以下の呼吸低下が10秒以上続く病態で、SPO2が3〜4%以上の低下を伴う。

低呼吸(Hypopnea)とは?
睡眠時のamplitudeのbaselineより50%以下の呼吸低下が10秒以上続く病態で、SPO2が3〜4%以上の低下を伴う。

無呼吸低呼吸指数ApneaHypopneaIndex:AHIとは
1時間当たりの無呼吸数と低呼吸数の和
閉塞型睡眠時無呼吸症候群の原因と身体的特徴
@、いびきと気道狭窄:覚醒時は、喉が塞がらないように舌の筋肉などが呼吸に合わせて収縮するが、睡眠によりこの反応が低下すると、喉(気道)は狭くなる。併せて仰向けに寝ることで軟口蓋や舌など軟部組織が重力で沈下をきたし喉を狭める形になる。これが高じると、狭窄音である「いびき」を生じ、気道は閉塞する。
A、閉塞型SASは中年の肥満男性に多く、身体的な特徴としては肥満、太鼓腹に加えて、首が短く太い(猪首)、上気道が狭い、下顎が小さいか後退している。
睡眠時無呼吸症候群の検査
終夜睡眠ポリグラフが本症にとって必須の検査であり、これは以下の同期複合検査である。
1、フローセンサーは鼻腔・口腔の気流を測定する。
2、マイクロフォンは喉部のセンサーでいびきを聴取する。
3、胸郭・腹部ベルトセンサーは体部の呼吸運動を測定する。
4、SpO2(酸素飽和度)を指先パルスオキシメーターで計る。
5、心拍数・ECGの記録。
6、これらの他に睡眠を確認するには 脳波検査や眼電図も必須である。
以下に脳波や眼電図を省いた在宅でもできる簡易ポリグラフィを図示する。

閉塞型SASの診断と鑑別について
SASの約9割が閉塞型SAS(Obstructive Sleep Apnea Syndrome)と推定される
@、終夜睡眠ポリグラフ検査は、SASの診断と治療方針の決定、治療効果の確認などにおいて最も有効な検査法である。これに食道内圧モニタを追加すれば、さらに正確な呼吸努力の評価ができ、ほとんどの睡眠呼吸障害の診断が可能になる。
A、閉塞型SASは、口や鼻腔の気流が完全に停止している状態だが胸・腹部の呼吸運動は確認される。
B、無呼吸が呼吸運動の完全停止による場合には「中枢型SAS」と診断される。厳密な閉塞型無呼吸との鑑別には努力性吸気の有無を確認するための食道(胸腔)内圧モニタが必要。
「中枢型SAS」は、脳幹の呼吸中枢異常が原因となる無呼吸症で、原因疾患として延髄性小児まひ、頭部外傷、脳幹梗塞、中毒、脊椎攣曲症、筋萎縮症や心不全によるチェーンストーク型呼吸などがある。
「中枢型SAS」の症状は、閉塞型SASに比べて酸素飽和度低下は軽く、いびきも少ない。しかし、心循環器系疾患、特に慢性心不全に高率に認められることが分っている。
C、上気道抵抗症候群
これは1991年にスタンフォード大学のギルミノー教授とストーフス医師が提唱した新しい睡眠呼吸障害の概念で、日中の過度な眠気と疲労感を主訴とし、一般的にはいびきを伴うが、睡眠中に無呼吸や動脈血酸素飽和度の低下を認めないため、SASとは診断できない病態。食道(胸腔)内圧モニタを睡眠ポリグラフ検査と同時に施行して初めてわかる。
D、その他の鑑別。主な睡眠障害としては、SASに代表される睡眠呼吸障害の他に、ナルコレプシー、うつ病、むずむず脚症候群(レストレス・レッグス症候群)、睡眠相後退症候群、睡眠相前進症候群、周期性四肢運動障害、概日リズム睡眠障害、精神生理性不眠症などがある。
閉塞型睡眠時無呼吸症候群の治療方法
○経鼻的持続陽圧呼吸装置(nasalCPAP:Continuous PositiveAirwayPressure):鼻マスクからの空気で上気道に陽圧をかけ続けることで、軟口蓋や舌を押し上げて気道を広げ、無呼吸を防ぐ。SAS治療の第一選択として有効性・安全性・即効性が高く、また手術療法や歯科装具等による治療法が無効な場合にも有効な治療法です。しかしCPAP治療を受けるものの約3分の1で継続困難である。

○手術による治療:口蓋垂軟口蓋咽頭形成術、扁桃摘出術他
○歯科装具による治療:マウスピース
○薬剤による治療:呼吸刺激作用のある薬剤の服用(ただし閉塞性SASには無効)
○生活指導:減量、体位の工夫(側臥位で寝る)、禁煙、禁酒
閉塞型睡眠時無呼吸症候群に対する在宅持続陽圧呼吸療法・CPAPの保険適応基準
対象となる患者は、以下の全ての基準に該当することが原則となる。
ただし、無呼吸・低呼吸指数が40以上である患者についてはAの要件を満たせば対象患者となる。
@睡眠時に無呼吸・低呼吸指数(AHI:1時間あたりの無呼吸・低呼吸数をいう)が20以上。
A日中の傾眠、起床時の頭痛などの自覚症状が強く、日常生活に支障をきたしている症例。
B睡眠ポリグラフィー上、頻回の睡眠時無呼吸が原因で、睡眠の分断化、深睡眠が著しく減少又は欠如し、持続陽圧呼吸療法により睡眠ポリグラフィー上、睡眠の分断が消失、深睡眠が出現し、睡眠段階が正常化する症例。
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