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聖徳太子とイエス・キリスト
もくじ
1.イエス・キリストの誕生
2.聖徳太子の誕生
  飢えて死せる者が蘇った

3.イエス・キリストの復活
4.キリスト教と日本
5. 罪の奴隷と真の自由
聖徳太子とイエス・キリスト1
                                    
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イエス・キリストの誕生
聖徳太子はわが国建国における最も偉大な日本人にちがいない。彼は用明天皇(三十一代)の第二皇子であり、叔母(用明天皇の妹)、推古天皇(三十三代)の摂政として二十才(593年)で立ち、四十九才で没するまで数々の善政をしき、寺院を建立し、我国最初の憲法(十七条憲法)を編纂したと伝えられている.かれはその偉大な徳のゆえに、日本人の中には信仰の対象者として彼を崇める人々もある。

筆者の聖徳太子に対する理解は非常に貧弱であり、充分にその人間像を把握し得ないのであるが(と言うよりキリスト教徒なるゆえに仏教徒である太子に親しみを、これまで覚えなかったというのが本心であろう)、その本名が厩戸(うまやど)皇子ということと、イエス様が馬小屋でお生まれになったこととが、日本歴史をはじめて習ったときより、いつも不思議な一致として頭にこびりついていた。

しかしあまり深い関連があろうとは、今春、日本基督改革派中津川教会水垣清牧師のお話を聞くまで、少しも思わなかったのである.先生により厩戸皇子という名前の由来がイエス様の御降誕にあやかったという以上の証拠を示されたことは、非常な驚きであり、又感激であった。
     
聖書マタイによる福音書にはイエス様誕生の次第が次のように書かれている。                                  
  
『イエス・キリストの誕生は、左のごとし。その母マリヤ、ヨセフと許嫁(いいなずけ)したるのみにて、未だ偕(とも)にならざりしに、聖霊(せいれい)によりて孕(みごも)り、その孕りたること顕(あらわ)れたり。夫ヨセフは正しき人にして之を公然(おおやけ)にするを好まず、私(ひそか)に離縁せんと思ふ。                             

 斯(かく)て、これらの事を思ひ回(めぐ)らしをるとき、み視よ、主の使、夢に現れて言ふ「ダビデの子ヨセフよ、妻マリヤを納(い)るる事を恐るな。その胎(はら)に宿る者は聖霊によるなり。かれ、子を 生まん、汝その名をイエスと名づくべし。己が民をその罪より救ひ給ふ故なり」 すべて此の事の起りしは、預言者によりて主の云ひ給ひし言の成就せん為なり。

日く、「視よ、処女(おとめ)みごもりて子を生まん。その名はインマヌエルと称へられん」、之をと釈けば、神われらと偕(とも)に在すといふ意(こころ)なり.ヨセフ寝(ねむり)より起き、主の使の命ぜし如くして妻を納(い)れたり。されど子の生まるるまでは、相知る事なかりき。斯てその子をイエスと名づけたり。』                 
            (マタイによる福音書第1章18−25節)        

又、ルカによる福音書によると天使が処女マリヤのもとにきて次のようにも告げた。                              
  
「御使(みつかい)、処女(おとめ)の許(もと)にきたりて言う。

『めでたし、恵まるる者よ、主なんぢととも偕に在せり。』マリヤこの言によりて、心いたく騒(さわ)ぎ、斯(かか)る挨拶は如何なる事ぞと思い廻(めぐ)らしたるに、御使いふ『マリヤよ、懼(おそ)るな、汝は神の御前(みまえ)に恵を得たり。視よ、なんぢ孕(みごも)りて男子を生まん、其の名をイエスと名づくべし、彼は大ならん、至高者(いとたかきもの)の子と称へられん.また主たる神、これに其の父ダビデの座位(くらい)をあたえ給へば、ヤコブの家を永遠(とこしえ)に治めん。その国は終ることなかるべし。』 

マリヤ御使に言ふ『われ未だ人を知らぬに、如何にして此の事のあるべき。』御使こたへて言ふ、     

『聖霊(せいれい)なんぢに臨み、至高者の能力(ちから)なんぢを被(おお)はん。此の故に汝が生むところの聖なる者は、神の子と称へらるべし.視よ、なんぢの親族エリサべツも、年老いたれど、男子を孕(はら)めり、石女(うまずめ)といはれたる者なるに、今は孕(みごも)りてはや六月になりぬ。それ神の言(ことば)には能(あた)はぬ所なし』 

マリヤ言ふ『視よ、われは主の婢女(はしため)なり。汝の言のごとく、我に成れかし』つひに御使、はなれ去りぬ。」 (ルカによる福音書第1章28−38節)    
                                     
更にルカによる福音書によると馬小屋でお生まれになった様子が次のようにのべられている。                           
 
『その頃、天下の人を戸籍に著かすべき詔令(みことのり)カイザル・アウグストより出づ。この戸籍登録は、クレニオ、シリアの総督たりしときに行はれし初のものなり。さて人みな戸籍に著かんとて、各自その故郷に帰る。ヨセフもダビデの家系(いえすじ)また血統(ちすじ)なれば、既に孕(はら)める許嫁(いいなずけ)の妻マリヤとともに、戸籍に著かんとて、ガリラヤの町ナザレを出でてユダヤに上り、ダビデの町ベツレヘムといふ処に到りぬ。此処に居るほどに、マリヤ月満ちて、初子(ういご)をうみ、これを布に包みて馬槽に臥させたり。旅舎(はたごや)にをる処なかりし故なり』                            
               (ルカによる福音喜第2章1−7節)     
                                   
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