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合衆国長老教会宣教師、西谷聖書集会牧師   ウイリアム・モーア
使徒信条シリーズ4 【主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ
◆イエス・キリストの誕生 マタイ1:18ー25
18:イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。
19:夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。
20:このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。
21:マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」
22:このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
23:「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
24:ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、
25:男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。
西谷聖書集会7/13/03【主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ】
【主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ】
今日、私達の使徒信条の学びを続けたいと思います。そして、与えられた所は「主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ」です。
実は、ある人々には、この個所は使徒信条の中で一番難しい所だと思います。処女マリヤは神の御霊の力によって妊娠して、神の御子イエス・キリストを産むなんて、信じ難いと言っています。処女降誕は全く不可能な事と主張する人が少なくないと思います。もしマリヤは身ごもったら、男の人が彼女を妊娠させたと言うのです。ほかの可能性がないからと言っています。

もちろん、それは常識で、私達人間の経験ですけれども、そう言う立場を取る人は一つの大事な事を忘れていると思います。それは神の力です。もし、神は御自分の命令によって、無から天地万物を創造出来るお方ならば、もちろんご自分の命令によってマリヤを妊娠させる力もあります。我々の神にはそれは簡単です。言うまでもないが、人間には不可能な事も、唯一の全能の神には十分可能です。処女降誕の課題を取り上げると、先ず、そう言う真理を覚えた方が良いではないかと思います。

今日の使徒信条の個所はもちろん聖書の証しに基づいています。聖書にはイエス・キリストの特別な、奇跡的誕生がはっきりと記されています。今日の朗読、マタイによる福音書1:18ー25をもう一度聞いて下さい。

「イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっている事が明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリヤの事をおもてざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリヤを迎え入れなさい。マリヤの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリヤは男の子を産む。その子をイエスの名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」この全ての事が起こったのは、主が預言者を通して言われていた事が実現する為であった。『見よ、処女が身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』と言う意味である。ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリヤと関係する事はなかった。そして、その子をイエスと名付けた。」

また、ルカによる福音書によると、天使がマリヤにも現れ、妊娠した事を彼女に言うとマリヤはこのように言いました。
「どうして、そのような事がありえましょうか。私は男の人を知りませんのに。」
それに対し、天使は答えました。
「聖霊があなたにくだり、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。」(1:34ー35)

神様は私達に救い主をお与えになった時、御自分の独り子イエス・キリストを遣わして下さいました。神である、また罪の全く無い御子のみは御自分の死によって、私達の罪を贖う事が出来るからです。そのために、主イエスは天国から下って来て、この世に生まれました。

もしイエスはただヨセフとマリヤの子供だったら、神の独り子でもないし、また私達の救い主にもなれません。ただ私とあなたのようなごくふつうの人間です。そして、罪を犯す普通の人間はいくら頑張っても全人類どころか、自分さえも救う事が出来ません。ですから救いは神様御自身からでなければ、救いになりません。

【イザヤの預言・インマヌエル】
また、イエス・キリストの降誕は旧約聖書のイザヤ書に預言されました。
「あなた達に印しを与えられる。見よ、処女が身ごもって男の子を産む。その名をインマヌエルと呼ぶ」と書いてあります。(7:14)
この名前、インマヌエルは「神が我々と共におられる」と言う意味です。もし主イエスが唯一の神でなければ、その名前インマヌエル、すなわち、「神が我々と共におられる」は偽りになるでしょう。ただ全く救いのない「人間が我々と共におられる」となってしまいます。ですから、イエス・キリストの特別な生まれ方は最も大事な事です。

聖書に記された通りにイエス・キリストは初めから神でした。ヨハネによる福音書にはこの事が明らかに書いてあります。
「初めに言(すなわちイエス・キリスト)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった」と記されています。(1:1ー2)

【聖霊によりて宿り】
初めから神である主イエスはこの世界に入った時、私とあなたのように入りませんでした。聖霊の力によって処女マリヤは妊娠して、神の御子、人類の唯一の救い主、イエス・キリストがお産まれになりました。キリストはそう言う神の資格を持っているので、私達の救いは確かであって信じられます。
使徒信条の「主は聖霊によりてやどり」と言う意味と重要性はおもにこれだと思います。すなわち、主イエスは初めから唯一の神ですから、私達を救う力があります。

【処女マリヤより生まれ】
次は使徒信条の「処女マリヤより生まれ」の表現の意味を学びましょう。確かに、この表現の強調は「生まれる」事にあります。「聖霊によりてやどった」キリストである我々の主イエスは、まこと人となってこの世に生まれました。すなわち、私とあなたのように出産の方法で生まれたのです。イエス・キリストは完全に神です。だからこそ聖霊によりて宿らなければなりませんでした。しかし、主は同時に完全に人間になりましたから、処女マリヤより生まれました。神の御子イエスは生まれる事によって、肉体をとって人間になったのです。

しかし、イエス・キリストは半分神、半分人間ではなくて、不思議ですけれども同時に100%神と100%人間でした。主は人間として私達のように痛みと喜びを感じ、また疲れました。主は人間関係で私達のように悩まされ、涙も流して、死も経験しました。そして、もちろんイエスは私達のように色々誘惑されました。ですから、主は私達人間の状態を完全に分かって、私達を助ける事が出来ます。

ヘブライ人への手紙にこの御言葉が記されています。
「事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助ける事がお出来になるのです。」(2:18)
イエス・キリストは「処女マリヤより生まれ」た人間ですので、私達の状態が完全に分かって、同情出来ます。そして、主は同時に神ですので、丁度良い方法で助ける事も出来ます。

【罪なき贖い主】
主は肉体を取って、神でありながら人間になりましたけれども、私達と違って、罪を全然犯しませんでした。つまり、完璧な人間でした。ですから、私達の罪を贖う事が出来たのです。罪のないイエスは私達の罪を担って、すなわち、罪の為に私達が支払うべき罰を御自分の身に受けて、救いの道を開いて下さいました。
コリントの信徒への手紙ニ5:21に書かれたとおりに、
「罪と何のかかわりもない方を、神は私達の為に罪となさいました。私達はその方によって神の義を得る事が出来たのです。」
主は人間になりましたけれども、私達の救いの為に罪を犯しませんでした。

【イエスの謙遜】
イエス様が「処女マリヤより生まれ」た事のもう一つの意味があります。それは、イエスの謙遜です。
フィリピの信徒への手紙2:6は主の謙遜を良く表現します。
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者である事にこしつしようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」

イエスは神なのに、私達の救いの為に天国から下って来て、貧しい未婚の母より馬小屋でお生まれになりました。これ以上の謙遜はありません。もちろん、この事はただ 仕方がないからではありません。御子を生むように、神はわざわざマリヤを選びました。また、わざわざその馬小屋を用意しました。それは私達に謙遜を教える為にではないかと思います。

もし神の御子イエス・キリストが自らへりくだってこの世にこられたのなら、弱い罪深い私達も神と隣人の前にいつも謙遜な態度を取るべきです。

【主の協力者】
最後にイエスが処女マリヤより生まれた事を通してもう一つの大事な事が明らかになります。それは神は私達人間を協力者として、御自分の働きに参加させる強い意思があるのです。言うまでもないが、神はイエス・キリストをこの世に遣わした時、人間の協力なしに主を送る事が出来ました。しかし、神は人間マリヤを選んで、彼女を通して救い主イエスをこの世に派遣しました。

神はいつもそのように働くのです。神が私達を御自分の形に造ったのは理由があります。それは、主の協力者になる為です。ごく普通の女の人マリヤは喜んで神の協力者になって、私達の救い主イエス・キリストはこの世に生まれました。主は御自分の最も大事な働きを人間マリヤと共に行いました。彼女は大きな恥じとリスクを負って神の最も大事な働きに参加しました。

神は私達一人一人をも御自分の協力者として招いておられます。主はあなたを通してもこの世で働きたいのです。そして、小さな事でも主と共に御用が出来たら、それは私達の最高の光栄と喜びです。
「主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれました。」
私達はこの使徒信条の大事な事を信じます。どうかその深い意味と恵みがあなたの信仰を強くさせるように祈っております。


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