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合衆国長老教会宣教師、西谷聖書集会牧師   ウイリアム・モーア
使徒信条シリーズ10 【我は聖霊を信ず
◆聖霊を与える約束 ヨハネによる福音書14:15ー26  
15:「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。
16:わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。
17:この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。
18:わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。
19:しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。
20:かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。
21:わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」
22:イスカリオテでない方のユダが、「主よ、わたしたちには御自分を現そうとなさるのに、世にはそうなさらないのは、なぜでしょうか」と言った。
23:イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。
24:わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。
25:わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。
26:しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。
#10西谷聖書集会10/19/03【我は聖霊を信ず】
【幽霊と聖霊】
皆さんは幽霊を信じますか。最近テレビで幽霊についての番組が結構見られますね。人が自分の幽霊の不思議な体験を語るのは面白いエンタテインメントになります。お化け屋敷や、幽霊を呼び出す事や、お化けにつきまとわれる事などが紹介され人々は興味深く見ているようです。大抵そのお化けは事故や殺人や戦争などで亡くなった不幸な人の霊の事です。その霊はあんまり幸せではないので、この世から離れずに色んないたずらをするんだそうです。そういう話しは日本だけではなく、西洋にもあります。例えば、アメリカの南北戦争で死んだ兵士は現在でも古里に戻って、人に現れたり変な音をしたりするお話があります。

私自身は今まで幽霊の体験が全然なかったので本当かどうかは分かりません。多分調べたら、ほとんどの幽霊と思われる体験は科学的説明があると思いますが、確かにまた説明し難い不思議な現象もあるでしょう。

【我は聖霊を信ず】
私達の使徒信条の学びは大分進んで来て、「我は聖霊を信ず」と言う所に着きましたので、今朝は神なる聖霊の事について一緒に集中したいと思います。我々キリスト者は父なる神と子なる神と聖霊なる神、三位一体の神を信じ従います。父なる神と子なる神の概念は割合にやさしく理解出来ると思います。また、私達の頭にはイメージがあるでしょう。父なる神は完全な愛と力を持つお父さんのようです。そして、子なる神は聖書には多くのお話があるイエス・キリストです。しかし、聖霊なる神はちょっと分かり難いだと思います。多分イメージは頭にすぐ浮かびません。これから聖霊はいったいどう言う事かと言う課題を扱いたいと思います。

先ず覚えて頂きたい事は、聖霊は幽霊かお化けのようなものではありません。つまり、急に現れたり、いたずらをしたり、また、漠然とした霊的陰とか、非人格的力でもありません。むしろ、聖霊は父なる神と子なる神と同様な神であります。聖霊は何よりもこの世にキリスト者と共にいらっしゃる生きておられる主イエス・キリストの御臨在です。つまり、この世にいらっしゃた時のイエスの人格を持っています。主との同じ愛と力と憐れみを持っているお方です。

今日の聖書の朗読は主イエスが御自分の弟子達に語るお話です。この世での時間があんまり無いと分かった主は十字架の死に向かう前に、弟子達に大事なお話をしました。ヨハネによる福音書14:18を見ますとこのイエスの御言葉があります。
「私は、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたの所に戻って来る」とおっしゃって下さいました。つまり、聖霊を通してイエスは弟子達に戻って来ると約束しました。26節を見ますとイエスは更にこう言いました。「しかし、弁護者、すなわち、父が私の名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたに全ての事を教え、私が話した事をことごとく思い起こさせて下さる。」

【聖霊降臨】
イエスは人間の姿では彼等からいなくなるのですが、聖霊の形で続けて弟子達と共にいらっしゃると宣言しました。イエスと同じように聖霊が彼等に力と知恵と慰めを与え、主の働きをする為に助けて下さると言う約束です。そして、蘇られたイエスは天に昇られると、約束通りに聖霊が実際に降って下さいました。使徒言行録に記されていますが、ペンテコストの日に信者が「集まっていると、突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼等が座っていた家中にひびいた。そして、ほのおのような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」(2:1bー4)

聖霊が降ると信者達はイエス様の御臨在を経験しました。力と勇気が与えられ、危険があっても、大胆にイエスの福音を広く述べ伝えたのです。主イエスは彼等を起き去りにされたのでななく、むしろ、新しく素晴らしい形で、続けて弟子達と共にいらっしゃいました。そして、イエスの御臨在によって力付けられた彼等は主の大いなる命令を行ないました。すなわち、主が天に昇られる直前にこのように言われました。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリヤの全土で、また地の果てに至るまで、私の証人となる。」(使徒言行録1:8p213)
聖霊を通して主から力を受け、キリスト者が文字通りに「地の果てに至るまで」イエスの証人になりました。例えば、使徒パウロは教会を設立する為にヨーロッパまで行きました。そして、イエスの弟子トーマスはインドへ行って伝道しました。また、数え切れない程多くの信者が聖霊の助けによって、自分の職場で、自分の家で、友人の中で、イエス・キリストの愛と救いを分ち合いました。

【聖霊の御臨在】
間違いなく、信者の中にその聖霊の力がなければイエス・キリストのメセージと愛、主の救いさえも今日まで、私達には伝わらなかった事でしょう。きっとイエスは長い歴史の中に忘れられたと思います。しかし、イエス・キリストの御臨在は現在まで私達と共にいるので世界教会は色々な迫害と問題を乗り越え、大きくなりました。

聖霊は誰ですか。キリスト者に力を与える為、私達と共に生きておられる、イエス・キリストの御臨在です。つまり、聖霊の助けによってキリスト者がイエスに忠実に従う事が出来ます。イエスはこのように言われました。「私はふどうの木、あなたがたはその枝である。人が私につながっており、私もその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。私を離れては、あなたがたは何も出来ないからである。」(ヨハネ14:5)

イエス・キリストは今、肉体でこの世にいらっしゃいませんので、聖霊を通して私達はイエスにつながって、神の国の為に実を結びます。その反面、聖霊から離れたら、私達は無力になって主のお働きが出来ない訳です。

愛する皆さん、聖霊からの力をどのように受けますか。実は、心からイエス・キリストに信頼すれば、誰でも聖霊の賜物を頂きます。つまり、聖霊を持ってないキリスト者はいません。これは聖書のはっきりした教えです。ペンテコストの日にぺトロはこのように説きました。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦して頂きなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」(使徒言行録2:38)

ですから、聖霊を受ける条件は二つだけです。
それは悔い改めとイエスを信じる事です。そうすれば漏れなく聖霊を貰えます。

しかし、キリスト者は聖霊を頂いても、その力を小さくする傾向があります。つまり、私達の生活にその力を働かす余地をあんまり与えない場合があります。本当に自分の生活に聖霊の力を生かしたいなら、聖霊に屈する必要がある訳です。

信仰生活を歩む時、私達は頭では分かっていても、いざとなると自分で何とかしようとしています。そして、自分の力に頼りますので、聖霊の力をあんまり経験出来ません。当たり前の事ですが、水一杯のコップに牛乳を入れたいなら、先ずその水を捨てなければ、牛乳は入れられません。同じように、私達は自分の力より先ず聖霊の力に頼り信じる時、そのお働きが自分の生活に経験出来るようになります。私達は常にこのように祈らなければなりません。「神様、忠実にイエス・キリストに従うには、私の力は絶対に足りないです。どうか、あなたの力、あなたの御臨在、主イエスの聖霊をもって私を満たしてください。そして、あなたの国の為に、あなたの証し人になる為に、私を自由に用いて下さい。」そのような態度と願いは力あるキリスト信仰の秘訣ではないかと思います。

【聖霊のお働き】
皆さん、私達の生活に聖霊のお働きをどのように確かめられますか。実は、見回せば聖霊の力強い働きの証拠が至る所にあります。誰でもキリスト信仰が与えられたら、それは聖霊の力による物です。また、信仰が強められたら、それも聖霊のおかげです。私達の祈りが叶えられると、間違いなくそれは聖霊のお働きです。そして、以前にキリストの為に出来ないと思った事が出来るようになったら、それはあなたの中の聖霊の力です。更に、宣教師の片言が神様によって用いられたら、それにも聖霊は働いておられます。また、困難な時にもキリストの平安と喜びを経験すると、確かにそれは聖霊の力の証拠です。
使徒信条の「我は聖霊を信ず」と言う意味は何ですか。生きておられるイエス・キリストは聖霊を通して今こそ、私達と共にいらっしゃると言う信仰です。私達が許す限りにその御臨在が私達を力付けて下さいます。そして、その力によって私達は忠実に主イエスに従う事が出来ます。

愛する皆さん、私達はイエス・キリストによって置き去られたりする事は決してありません。むしろ、主は聖霊を通していつも私達と共にいらっしゃいます。今、礼拝の時、家にいる時、職場にいる時、良い時と難しい時にも、主の力を付ける御臨在は私達と共にいらっしゃいます。「我は聖霊を信ず。」
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