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合衆国長老教会宣教師、西谷聖書集会牧師   ウイリアム・モーア
使徒信条シリーズ12 【我は聖徒の交わりを信ず
◆自分ではなく隣人を喜ばせる ローマの信徒への手紙15:1ー6

1:わたしたち強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません。
2:おのおの善を行って隣人を喜ばせ、互いの向上に努めるべきです。
3:キリストも御自分の満足はお求めになりませんでした。「あなたをそしる者のそしりが、わたしにふりかかった」と書いてあるとおりです。
4:かつて書かれた事柄は、すべてわたしたちを教え導くためのものです。それでわたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです。
5:忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ、
6:心を合わせ声をそろえて、わたしたちの主イエス・キリストの神であり、父である方をたたえさせてくださいますように。
 #12西谷聖書集会11/16/03【我は聖徒の交わりを信ず】
【山に登るには】
最近、テレビで登山についての面白い番組を見ました。それは普通の六甲山のような山を登るのではなく、ヒマラヤ山脈にある世界最高峰8、848メーロル、エベレスト山を登る事です。その山を征服する為には色々な準備が必要です。まず、身体的なトレーニングがいります。コンデイションが優れないと頂上まで登る力がなくて、失敗します。また、高度の為に空気の薄いエベレスト山を登るのには、時間を掛けて、ゆっくり高度に慣れないと、病気になってしまい、死ぬ人もいるんだそうです。そして、もちろん色々な備品が必要です。食べ物と飲み物、適切なクライミング・ウェーアとテントまでも、ちゃんと準備しないと悲劇に終わるかも知れません。しかし、いくら準備が完全に出来ても、エベレスト山を一人で登るのは極めて愚かな事です。言うまでも無いが、その山をよく知っている登山ガイドさんはとても大事です。上まで導かれないと、すぐ迷って危険です。更に、倒れたり、怪我になったり、人の助けが必要な場合、数人の登山同志も絶対にいります。
そして、準備が全部出来て、実際に登る日になると、一番大事な事をします。それはガイドさんは自分と登山仲間一人一人皆をロープで繋げて、頂上に向かって出発します。そうしますと、一人も迷わずに、一緒に登る事が出来ます。また、一人が躓いて崖から落ちたら、皆の力でその人の落下を止め、危険から救い出す事が出来ます。そして、ずっとロープで繋がって一緒に山を無事に征服します。

【聖徒の交わり】
実は、今日の課題は登山ではありませんけれども、登山は与えられた課題の説明に非常に役立つと思います。今朝は使徒信条の「我は聖徒の交わりを信ず」と言う表現を扱います。恐らく、「聖徒の交わり」は使徒信条の中の最も誤解されやすい所ではないかと思います。しかし、実際に、そのおもな意味は「イエス・キリストを信じる者は互いに依存しますので、私達は信者の交わり、あるいは信者の共同体の必要性を断言します。」そして、逆に言えばこのように言えます。「一人で孤立したクリスチャン生活は大変難しい事です。」

【聖徒】
今日の課題にもっと深く進む前に一応「聖徒の交わり」の「聖徒」と言う意味を見てみたいと思います。聖書に於ける「聖徒」は特別に認められた、天に召された聖者ではありません。実は、聖徒はイエス・キリストを信じる者、誰でもです。すなわち信徒です。キリスト者です。主イエスを神の独り子と、あなたの唯一の救い主として信頼すれば、あなたも聖徒です。

キリスト者は初めから互いに交わりを持ち続けて来ました。イエス様は御自分の地上のお働きを始めるとき何をなさいましたか。弟子達をお選びになりました。そして、その弟子を教え、共に歩む事によってキリスト信仰が出来、ずっと今日までクリスチャン達は一緒に信じ、一緒に主に従って来ました。

登山のロープのように、私達はイエス・キリストと兄弟姉妹に繋がって一緒に信仰生活を歩みます。主イエスの十字架の贖いによって買い取られた私達は主の者になりました。そして、皆は主の者として、互いに兄弟姉妹になりました。キリストによって結ばれ、常にお互いに助け合うべきです。一人が弱って来て躓いても、皆はイエス・キリストのロープ、すなわち同じ信仰で繋がっているので、倒れずに前進する事が出来ます。また、落ちても皆の助けによって立ち直る事が出来ます。

今朝の聖書の朗読は聖徒の交わりのスピリットを美しく表現しています。ローマの信徒への手紙15:1の所を見て下さい。「私達強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません。おのおの善を行なって隣人を喜ばせ、互いの向上に努めるべきです。」
「強い者は、強くない者の弱さを担うべきです。」つまり、私達は互いに助け合うべきです。特に強い者は、強くない者を助ける義務があります。例えば、熟した信仰を持つ者は信仰の未熟の兄弟姉妹を励んで、愛を持って教えるべきです。同じように健康の者は病で悩んでいる者を支え、その弱さを担う必要があります。また、経済的に強い者は強く無い者の立場を理解して、兄弟のプライドを守りながらカーバーする義務もあります。

アレクサンドロス大王が世界一の帝国を設立後、もっと年をとる前に自分の肖像画を残したかったのです。そして、彼は有名な画家を呼び寄せ、肖像画を描かせましたが、自分が満足出来るような作品は出て来ませんでした。なぜなら、アレクサンドロス大王の顔は戦争で受けた傷痕で目障りのある姿でした。沢山の画家達はこの傷痕のせいでアレクサンドロスの顔を見苦しく描きました。その時、アレクサンドロスを尊敬している画家一人が大王をテブルの前に座らせ、彼の手をあごにつけ、その指で極自然に彼の傷をかぶせるように要求しました。そして、傷痕のない素晴らしい肖像画を完成させて大王を喜ばせました。それは画家の愛の心がアレクサンドロスの傷をカーバーしたのです。

もちろん、誰も全ての面で強くはありません。または、全ての面で弱い人もいるはずがないでしょう。ですから、皆はお互いに助け合う事が出来ます。

【教会の交わり】
日本に来る前に私はアメリカのウエスト・バジニア州の教会の牧師でした。その教会の一人の姉妹は経済的に弱い立場でした。給料はわずかですが、御主人はアルコール中毒で収入ほとんど全部を飲んでしまいました。家は電気も電話も水道までも引いてない堀っ建て小屋でした。その上、彼女は事故で寝たきりになった年往った息子を介護しながら数人の孫を一人で大きくさせました。姉妹はそんな立場ですから教会の者は色んな面で助けました。車がないから教会に来られるように迎えに行きました。密かに洋服と食べ物を提供してお金もあげたのです。彼女は経済的に弱かったけれども、信仰的にとても豊かでした。そのような状況の中でも、いつもキリストの証しをし、強い信仰を持っている彼女によって教会の人々は励まされました。大変な生活をしましたけれども、神に常に感謝してキリストの喜びをよく分ち合いました。彼女は皆から助けを受けながら同時に他の面で聖書に教えられたように「強くない者の弱さを担ったのです。」神様は私達もこのように聖徒の交わりを大事にするように呼び掛けています。

【真の聖徒の交わり】
続いて今日の朗読には使徒パウロはこのように書きました。「自分の満足を求めるべきではありません。」つまり、自分の強さを使って、自分の満足を求めるべきではありません。何かに強かったら、先ず自分の益の為にそれを利用するのは当たり前ではありませんか。例えば、もし歌を歌う声が優れてたら、誇って、その才能を使って自分の名声と満足を求める人が少なくないと思います。しかし、この御言葉によると、先ず隣人の益、隣人を喜ばせる為に自分の強さを使わなければなりません。「おのおの善を行なって隣人を喜ばせ、互いの向上に努めるべきです」と書いてあります。そうすると真の聖徒の交わりが出来ます。
そして、私達の手本はイエス・キリストのみです。「キリストも御自分の満足はお求めになりませんでした」と書いてあります。却って、私達の為にこの世にいらして、御自分の命を捨てて下さいました。主イエスは誰よりも強いお方なのに、自分を低くして、十字架で私達の罪を贖って下さいました。そして、イエス・キリストが私達の主であるならば、イエスは私達の行動と態度の手本になるべきです。そうするときっと聖徒の交わりが出来ます。

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