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日本キリスト改革派伊丹教会伝道所

新しいことを行ってくださる神

ウイリアム・モーア

2007.4.29

 

イザヤ書43章18:初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。

19:見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている。あなたたちはそれを悟らないのか。わたしは荒れ野に道を敷き/砂漠に大河を流れさせる。

 20:野の獣、山犬や駝鳥もわたしをあがめる。荒れ野に水を、砂漠に大河を流れさせ/わたしの選んだ民に水を飲ませるからだ。

 21:わたしはこの民をわたしのために造った。彼らはわたしの栄誉を語らねばならない。

 22:しかし、ヤコブよ、あなたはわたしを呼ばず/イスラエルよ、あなたはわたしを重荷とした。

 23:あなたは羊をわたしへの焼き尽くす献げ物とせず/いけにえをもってわたしを敬おうとしなかった。わたしは穀物の献げ物のために/あなたを苦しめたことはない。乳香のために重荷を負わせたこともない。

24:あなたは香水萱をわたしのために買おうと/銀を量ることもせず/いけにえの脂肪をもって/わたしを飽き足らせようともしなかった。むしろ、あなたの罪のためにわたしを苦しめ/あなたの悪のために、わたしに重荷を負わせた。

 25:わたし、このわたしは、わたし自身のために/あなたの背きの罪をぬぐい/あなたの罪を思い出さないことにする。

          

【難船の男】

ある男が難船の故に独りで大海の中の小さい無人島に流れ着きました。彼は半死半生の状態でしたが、やっと雨と太陽から身を守る為に流木で小屋を建てる事が出来ました。彼は救われるように毎日一生懸命に神に祈りましたけれども、何週間経っても助けられませんでした。ある日、彼は食べ物を漁り歩いてから、小屋に帰ると、酷い光景を見ました。稲妻が小屋を打って、もうもうたる煙が立っていました。小屋は全焼してしまったので、男の人は怒りと悲痛で神に叫びました。「神よ、どうしてこんな酷い目に遭わせたのですか。もう我慢出来ません。私の命を取って下さい。」

 

救われないと諦めた彼は地面に倒れ伏し、そのままそこで夜を過ごしました。そして、翌朝、突然汽笛の鳴る音で彼は目を覚ましました。もしかして夢でも見ているかと思いましたが、海を眺めると自分の方へ来る船を見つけました。船の人が上陸すると難船した男は直ぐに聞きました。「もう何週間経っても来ないから諦めていたのに、いったいどうして私の場所が分かりましたか。」「それは簡単さ」と船長は返事しました。「あなたが出した煙信号を見てあなたが直ぐに分かりました。」

 

この世の旅路で起こる全ての事が私達は直ぐに理解しにくく、分かりません。しかし、どんな事があっても、愛する全能の神を信頼する事が出来ます。神はどんな危機よりも強いし、どんな悪よりも大きいからです。そして、神は私達の為、常に新しい事を行って下さいます。つまり、私達を通して御旨を成し遂げて下さるのです。

 

【バビロン捕囚】

実は、今日与えられた御言葉の元々の対象者は全ての希望を失っていました。バビロンと言う強国(現在のイラク)は神の民イスラエルを征服して、その住民を残酷に扱いました。紀元前598年からバビロンの軍隊がイスラエル人を捕らえて強制的に彼等をバビロンに移送したのです。イスラエルの国王とその家族だけではなく、殆ど全ての住民が外国のバビロンまで運ばれました。列王記下にその悲劇的出来事が記されています。「バビロンの王は主の神殿の宝物と王宮の宝物をことごとく運び出し、イスラエルの王ソロモンが主の聖所のために造った金の器をことごとく切り刻んだ。彼はエルサレムの全ての人々、すなわちすべての高官とすべての勇士一万人、それにすべての職人と鍛冶を捕囚として連れ去り、残されたのはただ国の民の中の貧しい者だけであった。」(列王記下24:1314)。その目的はイスラエルと言う国も、またイスラエルの文化と宗教も破壊する事でした。その大変な時期は「バビロン捕囚」と言います。

 

多くのイスラエル人はバビロンに連れ去られると、真の神の信仰を捨てて、バビロンの神々を崇拝するようになりました。その反面、忠実にイスラエルの神に仕え続けた人々は、バビロンで迫害を受けました。ですから、バビロン捕囚はイスラエル人にとって、自分達の宗教と文化と国に非常な危機でした。更に、敵によって外国に追放されると、皆はイスラエルの地を憧れ、大変寂しい思いをしました。

 

そして、将来、国に帰る可能性がないと思って、又、神が自分達を見捨てたと恐れた多くの人々は絶望しました。私達はその気持ちが想像出来るでしょうか。強制的に外国へ運ばれ、国と文化と信仰さえも失われたら、私達も絶望する可能性があります。今私達が住んでいる廻りではあまり経験する事がありませんが、例をあげるとしたら、恐らく、北朝鮮に拉致された被害者はバビロン捕囚を経験したイスラエル人の経験と似ているかも知れません。いくら言っても大変な立場でありました。

 

【バビロン捕囚解放の約束】

しかしながら、望みを失ってバビロンで苦しんでいるイスラエル人には神から驚くべきメセージがありました。主の預言者イザヤを通して素晴らしい希望の便りを頂きました。イザヤ書43章14の所を見て下さい。「あなたたちを贖う方、イスラエルの聖なる神、主はこう言われる。私は、あなたたちの為に、バビロンに人を使わして、かんぬきを全て下ろし、カルデア人を歓楽(かんらく)の船から引き下ろす。私は主、あなたたちの聖なる神、イスラエルの創造主、あなたたちの王」と神が宣言されました。実に、唯一の全能の神は御自分の民イスラエルを忘れませんでした。これから、救いの御業でイスラエルを贖って、バビロン捕囚から解放して下さると言う約束です。

 

【捕囚の原因】

実は、神は懲らしめの為にイスラエルをバビロンの手に渡されました。イスラエルは常に神と神の戒めを忘れ、他の神々を崇めてしまいました。又、主の憐れみに付け込んで、悔い改めをしませんでした。22節と24に神はその罪を挙げました。「ヤコブよ、あなたは私を呼ばず、イスラエルよ、あなたは私を重荷とした。」「あなたの罪の為に私を苦しめ、あなたの悪の為に、私に重荷をおわせた。」

 

御自分の民を立ち返えらせるように、神はバビロンを用いましたが、決してイスラエルを見捨てませんでした。だからこそ、預言者を彼等に送って、素晴らしい赦しと解放のメセージをお伝えになりました。

 

【新しい出発】

そして、そのメセージの中に主は新しい出発をイスラエルに約束しました。18節にこう言われました。「初めからの事を思い出すな。昔の事を思いめぐらすな。見よ、新しい事を私は行う。今や、それは芽生えている。」

 

イスラエルは何よりも新しいスタートが必要でありました。そして、丁度その新しいスタートを受け入れるところに着いた時、神は預言者を通して救いと解放のメセージを届けました。

 

【私たちの新たな霊的スタート】

恐らく私達一人一人も新たな霊的スタートが必要ではないでしょうか。イスラエルのように主から離れ、あんまり神との交わりを経験しません。あるいは、私達は主の事を重荷として、関わりを避けます。又、イエス・キリストを自分の救い主として、まだ受け入れていない者もいるかも知れません。恐らく、イスラエルと同様に希望と生き甲斐を失った方もいらっしゃるかも知れません。

 

神がイスラエルに言いましたように、私達一人一人にも言われます。「新しい事を私は行う。今や、それは芽生えている。」主は私達の為に新しい霊的出発を提供して下さいます。私達の生活に新しい事を行う熱望があるのです。

 

【過去に囚われると】

そして、その新しいスタートを主から受けるために私達は過去の事を正しく扱わなければなりません。多くの人は自分を過去の虜にしてしまいます。自分の失敗と過ちや、失った機会や、恥ずかしい事などの故に新しいスタートになかなか踏み切る事が出来ません。またある人は過去にあった周りの人の行動の奴隷になり、新たなスタートが出来ません。つまり、自分に対して家族の者の失敗や、学校でいじめられ事や、会社の不公平な上司の仕打ちなどで新しい出発が不可能になると思う人がいます。受けた被害を乗り越えられなくて過去の虜になります。

 

新しいスタートを神から受けるために、今日の御言葉から主からの重要なアドバイスがあります。18節にこう書いてあります。「初めからの事を思い出すな。昔の事を思いめぐらすな。」

 

【新しいことを行う神】

イスラエルは確かにバビロンから大きな被害を受けました。そして、その苦しみと恥を常に意識しました。また、バビロンにいるイスラエル人は自分の罪と欠点も酷く感じたと思います。自分達の罪の故にバビロンで懲らしめを受けたとよく分かりました。しかし、新しい事、つまり解放と救いを受けるように、神は、「その過去の辛い事を全て忘れなさい」と教えて下さいました。神は新しい事を行うので、嫌な過去を過ぎ去った事と思って、心にしない方が良いとおっしゃいました。

 

【忘れる事も】

年を取ると記憶力が少し衰えて来て、以前には絶対に忘れなかった事も忘れるようになります。この間、書斎に大事な書類を置き忘れ、なかなか捜せませんでした。いくら捜しても見当たらなかったので諦めました。二週間後偶然にその書類が見付かった時、その所に置いたとやっと思い出しました。そのように物を忘れるとじれったいですが、ある面で忘れる事は大きな恵みでもあります。自分の全ての過ちと愚かな思い、又犯した罪などを全部記憶すると、きっと絶望してしまいます。更に、自分に対して人の不親切や侮辱を全て覚えると、怒りが尽きません。ですから、忘れる事は大きな神の祝福だと思います。

【恨みのはてに】

1985年米陸軍ダニエル•カルマンと言う兵士は妹が銃で打たれ、息を引き取ったと聞き、ロサンジェルスの現場に駆け付けました。警察は殺人事件が多すぎると言って、三日目に捜査を放棄しました。ダニエルは自分の手で復讐すると言い、歯を食いしばり全国をさまよいました。恨みは彼の体と心を徹底的に破壊しました。それから2年半後ダニエルは死んだ妹のお墓の隣に並んで埋もれました.

 

【これからの人生のために】

実は、神は私達の過去についてあまり関心がないようです。その事はもう過ぎ去ったから、神は私達に思い出させたくないのです。しかし、主は私達の現在と将来には大きな関心を持っておられます。残りのこの世での人生とこれから天国への永遠の命は過去にではなく、現在と将来に関わるからです。だからこそ、主は、「初めからの事を思い出すな。昔の事を思いめぐらすな」と勧めて下さいます。そして、過去の事を忘れると、私達は神が行う素晴らしい新しい事を悟る事が出来ます。

 

【イスラエルの解放】

神は約束通りにイスラエルの為に新しい事を行いました。主はペルシアの王キュロスを用いて、バビロンを征服し、イスラエルを解放して下さいました。そして紀元前538年にイスラエル人は自分の国に帰る事が出来ました。彼等は直ちにエルサレムの神殿を再建して、そこで真の神の礼拝を新たに行いました。信仰と国と文化と富は回復され、大喜びの日でした。

 

【新しい創造】

愛する神は私達一人一人の為にも新しい事を行いたいのです。「キリストと結ばれる人は誰でも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。これらは全て神から出る事であった」(コリントの信徒への手紙二5:17)。

イエス・キリストを信じ頼る人は神の子供として新しいスタートが与えられました。そして、「あなたの罪を思い出さない」とおっしゃる神と共に歩むとき、私達は毎日新しくなります。 愛する兄弟姉妹、「初めからの事を思い出すな。昔の事を思いめぐらすな。見よ、新しい事を私は行う」とおっしゃって下さる神に従い歩みましょう。

 


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