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知恵の初め

ウイリアム・モーア

2007.10.14

 

聖書:箴言1章1−7

 

【ソロモンの願い】

皆さん、突然の質問ですけれども、もしある日、神様があなたに現れ、一つの願いを聞いてあげようと約束されたら、どう言う事を願うのでしょうか。その事について考えた事がありますか。何よりも、神からどう言うものを頂きたいですか。多分人によってその答えが異なると思います。例えば、飢えている者には、食べ物を願うでしょう。病気で苦しむ者だったら、何よりもその病気から癒されるのを切に願う事でしょう。経済的に困っている人にはもちろんお金を願い、そして、寂しい人は多分相手になる友人を求めるでしょう。

 

実は、聖書によりますと、ある日神はイスラエルの王になったばかりのソロモンの夢に現れ、このようにおっしゃいました。「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と約束しました。ソロモンには欲しい事が何でも頂ける一生のチャンスでした。もし、彼は富や、幸せや、権力や長命などを願ったら、きっとそのものは手に入れられるけれども、彼はそのようなものを神に願いませんでした。その代わりに、ソロモンは知恵を神に願ったのです。このように願いました。「どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断する事が出来るように、この僕に聞き分ける心をお与え下さい。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁く事が、誰に出来ましょう。」(列王記上3:9)ソロモンは神の民に仕える為、神から知恵を願ったのです。

 

神はその願いを聞いて、喜びました。そして、ソロモンに言われました。「あなたは自分の為に長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求める事なく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。見よ、私はあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。私はまた、あなたの求めなかったもの、富と栄光をあたえる。生涯にわたってあなたと肩(かた)を並べうる王は一人もいない」(列王記上3:10−13)とソロモンに約束しました。

 

ソロモン王は一番貴重なもの、知恵を願いましたので、神は知恵だけではなく、他にも祝福を豊かに与えて下さいました。列王記上5:9によりますと、「神はソロモンに非常に豊かな知恵と洞察力と海辺の砂浜のような広い心をお授けになった。」

 

 

ソロモン王は神から本当に価値あるものを頂きましたね。そして、「あらゆる国の民が、ソロモンの知恵をうわさに聞いた全世界の王侯のもとから送られて来て、その知恵に耳を傾けた」(列王記上5:14)と書いてあります。          

【ソロモンの箴言】

神様から頂いたソロモンの多くの知恵は箴言と言う書に記されています。その知恵は幅広くて、私達は毎日の生活に用いられます。例えば、10章19にこう書いてあります。「口数が多ければ罪は避け得ない。唇を制(せい)するば、成功する。」そして、14章31にこの箴言が記されています。「弱者を虐(しいた)げる者は造り主を嘲る。造り主を尊ぶ人は乏しい人を憐れむ。」。22章1にこの知恵があります。「名誉は多くの富よりも望ましく、品位は金銀にまさる。」そして、26章17に、「通行人が自分に関係のない争いに興奮するのは、犬の耳をつかむようなものだ。」その知恵は確かに経験で知られたものです。

 

【箴言の目的】

箴言の目的は今日の御言葉の2節から6節に記されています。「これは知恵と諭しをわきまえ、分別ある言葉を理解する為。諭しを受け入れて、正義と裁きと公平に目覚める為。未熟な者に熟慮を教え、若者に知識と慎重さを与える為。これに聞き従えば、賢人もなお説得力を加え、聡明な人も指導力を増すであろう。また、格言、寓話、賢人らの言葉と謎を理解する為。」

 

つまり、箴言の内容を通して、誰でも神の素晴らしい知恵を日常生活の決断と行動に応用出来ます。そして、その知恵に従って生きると、私達は神を喜ばせる正しい生き方に導かれ、主の祝福も知る事が出来ます。

 

【真の知恵とは】

言うまでもないが、聖書が教える知恵はただの知識ではありません。また、知力を伸ばす為の教えでもないのです。ただ頭が良い事と沢山の課目を勉強した事は知恵と異なっています。もちろんその事は私達の知恵を助けますが、聖書に於ける知恵はおもに全知全能の神から学ぶ正しい考え方と生き方です。ですから、良い学歴と高い知能は知恵を保証する訳ではありません。却って、多くの場合、そのような人で知恵が少ないのを現実に私達も周りで見る事が出来ます。

 

愛する兄弟姉妹、私達は生きる為の知恵を得ようとすると、どうすれば良いでしょうか。どこから出発すべでしょうか。実は、その答えは今日の御言葉にはっきりと記されています。7節を見ますと、この大事な真理が啓示されています。「主を畏れることは知恵の初め。」「主を畏れることは知恵の初め」です。つまり、神を畏れる事から出発しないと、本当の知恵を得られない訳です。知恵の鍵が神を畏れる事だったら、その「畏れる」と言う意味を正しく理解しなければなりません。

 

【神を畏れるとは】

先ず理解して頂きたいのは、神を畏れる事は神を怖がる事ではありません。聖書に於ける神は私達、御自分の被造物を愛して下さいます。「神は愛である」と御言葉に記されています。神は人間と親しい交わりを持つ為に、私達を特別にお造りになりました。「神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいて下さいます」(ヤコブの手紙4:8)と聖書に書いた通りです。

 

【畏れるとは怖がることではない】

ですから、私達は恐怖で神から逃げる理由がありません。私達に害を与えるどころか、唯一の神は何よりも祝福と永遠の救いを賜りたいお方です。その故に御自分の独り子イエス・キリストをこの世に遣わされ、全人類の救いの為、その御子を十字架の贖いの死まで犠牲にして下さいました。そのような愛の神を怖がるはずがないのです。却って、私達はその神に引き付けられています。

 

【畏敬の念】

しかし、同時に私達はその同じ神を畏れるべきです。つまり、神の比べられない程の創造的力と正義と神聖と愛と憐れみに対して、私達は深い畏敬の念に打たれるべきです。私達の神はただ小さくて限られた、人間によって作られた神ではありません。私達の神は宇宙の中の全てのものをお造りになり、今もそれを支え、治めます。

 

私達の神は全ての事を見て全ての事が分かります。主には私達の髪の毛までも数えられています。私達の神は初めもなければ、終わりもありません。そして、その同じ神は弱くて罪深い私とあなたに、積極的に手を伸ばし、愛して下さり、父なる神になります。私達はその畏敬の念を起こさせる偉大な、愛に満ちた神を真剣に受け止めるべきです。私達はその神との深い関係を持ちつつ生きる訳です。

 

【神の子どもとして】

神は私達を御自分に象(かたど)って大事に造り支えて下さいます。御自分の子供として、毎日、希望と力と使命も授けて下さいます。物質的にも主は私達に必要な物を賜ります。その比べられない恩恵を受ける私達は、当然喜んで神との関係を大事にし、常にその関係を尊重しながら生きるのです。つまり、神の御子イエス・キリストが教えられた生き方に従って歩みます。御自分の愛された被造物として、私達は全ての事を見る神に責任と深い関係がある訳です。何よりもその態度は「主を畏れること」ではないかと思います。そして、その態度は「知恵の初め」です。

 

【愚かな者】

逆に、人間は神と神が教えられた生き方を無視し、自分が主との関係と責任がないと思えば、愚かな者になります。自分と周りの者に害になります。何故なら、人々はそれぞれ自分の目に正しいとする事を行うと、道徳が崩壊してしまい、大変な状態になります。記された通りに、「無知な者は知恵をも諭しをも侮る。」(箴言1:7b

 

【宗教を利用して悪事】

それにも関わらず、最近、無神論者達は宗教を攻撃する本を結構書いています。その作家はおもに宗教は戦争と争いの種になると主張します。言うまでもないが、宗教を悪用する人はいます。その人は宗教を利用して、暴力を用いて自分の目的を果たそうとします。例えば、現在のテロリストはイスラム教の教えを曲解して、全世界を脅します。また、歴史を見ると、キリスト教の名前で醜い事が起こった事があります。イエス・キリストの教えを無視すると、そう言う事がありますが、それは決してキリスト教、そのものから出て来る事ではありません。実は、誤った宗教から来た暴力と比べても、無神論から来た害は遥かに多いのです。

 

【無神論の害悪はもっと悪い】

無神論を説いたヒトラーとスターリンと毛沢東と金日成は合わせて一億人の犠牲者を作ってしまいました。結局、彼らは神を畏れなかったので、言い尽くせない酷い人殺しが出来ました。人間が全てになると、人々はそれぞれ自分の目に正しいとする事を行います。そして、人間は神が存在していないように生きると、全ての事が許されてしまいます。力があれば平気で邪魔な者、反対する者、気に入れない者さえも簡単に処分出来ます。

 

【聖書にこそ知恵の全てが】

ですから、誰でも知恵を得ようとしたら、第一に神を畏れなければなりません。「主を畏れることは知恵の初め」です。つまり、何よりも神と神との関係を大事にし、御子イエス・キリストの教えに従って歩みなさい。そして、神の御言葉を真剣に学びなさい。聖書には私達の為の神の知恵が啓示されています。更に、知恵は神の賜物ですから、知恵を得るように主に願いなさい。ヤコブの手紙にこの御言葉があります。「あなたがたの中で知恵の欠けている人がいれば、だれにでも惜しみなくとがめだてしないでお与えになる神に願いなさい。そうすれば、与えられます」(1:5)と記されています。愛する兄弟姉妹、神から知恵を豊かに頂くようにお祈りを捧げましょう。(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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