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世の秩序が(くつがえ)っているとき

ウイリアム・モーア

2008.9.28

 

 

詩編第11編1:【指揮者によって。ダビデの詩。】主を、わたしは避けどころとしている。どうしてあなたたちはわたしの魂に言うのか/「鳥のように山へ逃れよ。

  2:見よ、主に逆らう者が弓を張り、弦に矢をつがえ/闇の中から心のまっすぐな人を射ようとしている。 3:世の秩序が覆っているのに/主に従う人に何ができようか」と。

  4:主は聖なる宮にいます。主は天に御座を置かれる。御目は人の子らを見渡し/そのまぶたは人の子らを調べる。

  5:主は、主に従う人と逆らう者を調べ/不法を愛する者を憎み  6:逆らう者に災いの火を降らせ、熱風を送り/燃える硫黄をその杯に注がれる。

  7:主は正しくいまし、恵みの業を愛し/御顔を心のまっすぐな人に向けてくださる。

 

 

【リーマンブラザース破綻】

最近のニュースや新聞報道を見れば、誰でも分かりますけれども、世界の経済制度は今、危機的時期を迎ています。不良債権の問題でアメリカの経済だけではなく、世界中の国々の経済安定が脅かされています。銀行と投資信託会社が財政的資格のない会社や個人に資金を高い利子で貸しました。しかし、おもに不動産の暴落の為、多くの客さんはそのローンを返済する事が出来なくなり、一方貸し出した方は潰れかけ、金融機関は倒産してしまいました。

 

その倒産した機関の一つはリーマンブラザースと言う投資銀行でした。リーマンブラザースは150年以上の歴史があってニューヨーク市のウオール街の有名な会社でした。去年には「最も憧れた証券機関」と言う賞を受けたばかりでした。リーマンブラザースに入社すれば、ボーナスで絶対に金持ちになると言う評判がありました。また、従業員は沢山の交際費を頂き、結構豪華な生活が出来ると言う会社でした。

 

リーマンブラザースが潰れた直後、テレビの記者がその社員の一人をインタビューしました。その社員は課長であって、二十年以上リーマンブラザースで働いていました。そして、会社を信じていたので、長年にわたってその株だけを沢山買いました。数億ドルの株を持っていました。しかし、会社は破綻すると、全てが失われてしまいました。「私の純資産は今ゼロです。信じられません。私の純資産はゼロになった。しかも職場も失いました。初めての失業の経験です」と何回も繰り返しました。表情を見ると、彼は大変なショックを受けた事が明確でした。どうしようもない気持ちでした。これからの人生は真っ黒になりました。

 

【世の秩序が(くつがえ)とき】

今日与えられた御言葉、詩編第11編の中のある表現を読むと、私はそのリーマンブラザースの社員を思い出しました。その表現は3節の後半にあります。「世の秩序が覆っている」と言う言葉は、その社員の気持ちをよく現していると思いました。つまり、会社が潰れて失業になり、また自分の純財産はゼロになると、彼の世の秩序が覆ってしまったのです。馴染んで来た豊かな暮らしは一晩でなくなると、彼は失望しました。そして、不良債権の問題は彼に限らず、沢山の人の世の秩序も覆ってしまいました。

 

経済の事だけではなく、病気や、事故や、災害や、家族の問題や、大きな失敗などによって私達の世の秩序が覆って来る可能性が常にあるのです。誰も今日の生活が明日も続くとは保証出来ません。

 

【ダビデの生涯】

今日の詩編の作者ダビデはそのような世の秩序が覆った経験がありました。そして、その経験から詩編第11編を書きました。実はダビデは非常に劇的な生涯を歩みました。ダビデは少年の時、お父さんの羊の群れの番をしました。彼は羊をライオンと熊から守る為、石投げ紐を用いました。彼はまだ青年の時、イスラエルの次の王として密かに神によって選ばれました。そして、音楽の上手な者で、宮殿に入り、サウル王の為に竪琴を引きました。その頃イスラエルの敵、巨人のゴリアテがイスラエル軍を挑戦しました。兵士皆は恐がりましたが、大胆なダビデは石投げ紐を使ってゴリアテを倒しました。その故にダビデはイスラエル中の英雄になり、国民が彼の偉業を賛美しました。しかしサウル王はその事を見て、妬みからダビデを憎み彼を殺そうとしました。

 

【サウル王の迫害】

ダビデは宮殿を逃げ、その時から大変な生活をしました。自分の身を救う為、外国や荒れ野などへ避難して、何回も命が危なかったです。神の霊はサウル王から離れ、悪霊が彼をさいなむようになったので、サウルはどうしてもダビデを消したかったのです。多分その時期、その背景から、ダビデは今日与えられた御言葉を書きました。

 

【友人の人間的アドバイス】

その大変な時、ダビデの友人が彼の所に来て、アドバイスを提供しようとしました。そのアドバイスがダビデに慰めと助けになると思ったのでしょう。詩編第11編1節の後半の所を見て下さい。友人のアドバイスがこう記されています。「鳥のように山へ逃れよ。見よ、主に逆らう者が弓を張り、弦(つる)に矢をつがえ、闇の中から心のまっすぐな人を射(い)ようとしている。世の秩序が覆っているのに、主に従う人に何ができようか」というアドバイスを提供しました。彼らは結局ダビデにこう言いました。「あなたは逃げるしかありません。鳥のように山へ飛んで、身を隠した方が良い。力強い悪者がダビデをえじきにするから、ベストの対策は寂しい所に退却し、引きこもる事だ。」そして、友人はダビデにこう尋ねました。「世の秩序が覆っているのに、主に従う人は何ができようか。」実は、その質問は本当のところ質問ではありませんでした。友人はもう既にその答えが分かったと思ったからです。その答えは、「世の秩序が覆っているので、あなたは何も出来ない。敵があんまり強いから、戦わずに、逃げるしかない。運命と諦めて、退いた方が良い。そうしないと、サウル王は必ずあなたを捕まえ殺してしまうだろう。」

 

間違えなく、人知、人力の限りではそれは良きアドバイスであります。サウル王は国の全ての力を持って、ダビデを潰す能力が十分あったはずです。一人の人ダビデはイスラエル軍の競走相手になれません。ですから、「人間が全てだ」と思ったら「速く逃げよ」と言う忠告はとても合理的であります。

 

【神を避けどころとするダビデ】

しかしながら、ダビデは「人間が全てだ」と思っていませんでした。人間の力で可能な事だけを信じませんでした。自分の状態を信仰の目で見て失望しませんでした。人間の罪の故に世の秩序が覆っているにも関わらず、全地万物の造り主は全てを見て、全てを治め、何よりも誰よりも遥かにもっと強いお方であると信じていました。ですからダビデは一節にアドバイスを提供した友人にこう答えます。「主を、わたしは避けどころとしている。どうしてあなたたちはわたしの魂に言うのか。『鳥のように山へ逃れよ。見よ、主に逆らう者が弓を張り、弦に矢をつがえ、闇の中から心のまっすぐな人を射(い)ようとしている。世の秩序が覆っているのに、主に従う人に何ができようか』」

 

「主を、わたしは避けどころとしている」とダビデが友人達に答えました。ですから、ダビデは鳥のように山へ逃れなくても良いのです。神こそが彼を危機と敵から守り、助けて下さると言う確信と証です。友人達は神を完全に忘れ、ただ人力の限りで考えていたのです。その無信仰的なアドバイスに対してダビデは自分の信仰を告白しました。4節を見て下さい。

           「主は聖なる宮にいます。主は天に御座を置かれる。御目は人の子らを見渡し、そのまぶたは人の子らを調べる。不法を愛する者を憎み、逆らう者に災いの火を降らせ、熱風を送り、燃える硫黄(いおう)をその杯に注がれる。主は正しくいまし、恵みの業を愛し、御顔を心のまっすぐな人に向けてくださる。」

 

【天地の支配者なる神】

この御言葉からダビデの信仰を学びましょう。第一に、人間はどんなに強くても、どんなに世の秩序を引っくり返しても、神は遥かにもっと力強くて、この世を支配します。「主は聖なる宮にいます。主は天に御座を置かれる」と言う御言葉はその意味です。もちろん主の存在は天国に限られていません。詩編第139編7−8節にこのように記されています。「何所に行けばあなたの霊から離れる事ができよう。何所に逃れれば、御顔を避ける事ができよう。天に登ろうとも、あなたはそこにいまし、陰府に身を横たえようとも、見よ、あなたはそこにいます。」

 

【すべてを見とおされる神】

従って、常にどこにもいらっしゃる神は全ての事を見ています。「御目は人の子らを見渡し、そのまぶたは人の子らを調べる」と記された通りです。主は宇宙の造り主と全知全能の神として天の権威を持ってこの世を治めます。それはダビデの確信と信仰であったので、神の助けを期待しながら主に頼り、サウルとその軍を恐れませんでした。

 

【正義を愛し不法を憎まれる神】

第二に、ダビデは神が正義の神であると信じたのです。5節を見て下さい。「主は、主に従う人と逆らう者を調べ、不法を愛するものを憎み、逆らう者に災いの火を降らせ、熱風を送り、燃える硫黄をその杯に注がれる。」

 

【裁き主なる神】

主は正義を重んじて人間を正しく裁きます。ある場合は主はこの世で人を裁きます。又あるときは死後を裁きますが、必ず主の裁きが来ます。ダビデは神の正義と裁きを信じたので、自分に対するサウルの不正を我慢し、耐えられました。

 

【神の愛と慈しみの故に】

最後に、ダビデは正しい人に対して神の好意と愛を信じましたので、希望を持ってサウルの迫害を耐えられました。7節にダビデはこう書きました。「主は正しくいまし、恵みの業を愛し、御顔を心のまっすぐな人に向けて下さる。」世の秩序がどんなに覆っていても、神は御自分の民を忘れないと信じていました。ダビデは慰めと力を得て、難しい時でも、勇気と喜びを持って生きる事が出来ました。

 

【世に勝利しよう】

愛する兄弟姉妹、ダビデの土台は力強い、正義である、愛する唯一の天の神ですから、世の秩序が覆っても恐れませんでした。勇気を持って立ち上がり、善い戦いを立派に戦いました。

 

神によって守られたダビデはやがてイスラエルの王になります。そして、王になっても色んな大変事がありましたが、神を心から信じ最後まで信仰を守り抜きました。愛する兄弟姉妹、どうか私達も世の秩序が覆っていてもその同じ信仰を持って貫きましょう。(おわり) 

 

 

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