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日本キリスト改革派伊丹教会伝道所

私たちのふるさと

ウイリアム・モーア

2008.12.7

 

マルコによる福音書1章1−8◆洗礼者ヨハネ1:神の子イエス・キリストの福音の初め。2:預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、/あなたの道を準備させよう。3:荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、/その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、4:洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。5:ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。6:ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。7:彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。8:わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

 

 

【ホワイトクリスマス】

最近聞いた事がありますが、世界中でズット以前から現在まで一番人気のある歌はホワイトクリスマスだそうです。その歌はどんな歌よりも沢山録音され、聞かれ、歌った事があるそうです。特にクリスマスが近づくと、ホワイトクリスマスはお店のスピーカからよく流れます。「I’m dreaming of a white Christmas just like the ones I used to know. Where the treetops glisten and children listen to hear sleigh bells in the snow.」沢山聞いた事があるでしょう。その歌の日本語の歌詞はこうなります。「夢見るはホワイトクリスマス、懐かしい過ぎし日。雪に輝く木の梢、そりの鈴の音。」

 

恐らく、その歌は私たちのノスタルジアを掻き立てるので、ホワイトクリスマスの人気が今日まで残って来ました。「夢見るはホワイトクリスマス、懐かしい過ぎし日。」その歌詞は私達の幼い時の思い出を起こすのではないでしょうか。

 

【作曲者アーヴィング•バーリン】

アーヴィング•バーリンはホワイトクリスマスの作曲を完成した時、不思議にこれからこの歌の人気を感じました。バーリンさんはその作曲直後、歌について仲間にこう自慢したんだそうです。「僕は世界の歴史上、もっとも良い歌を作曲したぞ。」

 

ホワイトクリスマスは1941年に作曲され、第二次世界大戦の時期、人気が高まりました。多くの人は戦争の為に家族から離れ、遠い国の戦場で危険な目にあいました。ですから故郷と「懐かしい過ぎし日」を憧れ、バーリンさんの歌が慰めになりました。もしかしたら、ホワイトクリスマスは私たちにも故郷の懐かしい思い出を起こさせます。

 

【幼い日の記憶】

高齢になっても、私達一人一人は幼い頃の思い出が沢山あります。不思議に、10分前に置いた車の鍵を忘れながらでも、50年前、60年前、70年前の小さい時の事は生々しく覚えています。私の始めのメモリーは3歳の頃です。それは父が設計した家族の新しい家の建設現場へ父に連れられ見に行った事です。今も、その大工さん達のたくましい姿を目前に見るように感じます。

 

3歳の時、家族はその新しい家に移り、私が高校を卒業するまでそこに住みました。その家の事は記憶によく残っています。家族が毎晩食事を取っていたダイニングテーブル、台所のレンジ、私の部屋、両親の部屋、怖い地下室も全部鮮やかに覚えています。しようとしたら、その家の図面までも引く事が出来ると思います。18歳でその家を出た時から現在まで数多くの場所と家に移り住みましたが、その幼い頃の家を何所の家よりも良く覚え、懐かしく思います。

 

【ホームシック】

皆さんはいかがでしょうか。自分の幼い頃の家を覚えていますか。皆さんもよく覚えていると思います。皆さんが私のようだったら、その家はどんな家よりも思い出が多くて、豊かです。恐らく、私たちは年を取る程「懐かしい過ぎし日」の家と故郷の思い出が心に浮かぶ事でしょう。私たち皆はどこかその憧れた所の為にホームシックになる時がしばしばあるのではないかと思います。

 

【バビロン捕囚】

主イエス・キリストの御降誕の約600年前に神の民イスラエルにとって最悪な事が起りました。バビロンと言う国がイスラエルに侵攻して、都のエルサレムの城壁を破って、その聖なる都市を破壊してしまいました。特にソロモン王が造った神殿、イスラエル人の霊的故郷が目茶苦茶にされ、その土台まで壊されました。その上、敵の軍がイスラエルのリーダー達とその家族、つまり政治家や、祭司や、律法学者や、実業家などを捕まえ、強制的にバビロンへ連れて行きました。70年程外国のバビロンで辛い流刑生活を送りました。この辛い期間はバビロン捕囚と言われます。その長い間にバビロニアで一世代が亡くなり、新しい世代が生まれ大きくなりました。しかしながら、イスラエルは故郷を決して忘れず、ずっと自分達の国と家に憧れました。故郷の歌を歌って、常に子供達に家のお話をして、信仰と言葉も守ろうとしました。

 

【帰還の希望】

バビロン捕囚の一番辛い事は、国から離されたイスラエルは神によって見捨てられたと思い込んでしまいました。イスラエル人が犯した罪の故に主は彼等の事を諦め、縁を切ったのではないかと恐れたのです。ですからそのバビロンの生活はとても寂しくて悲しかったです。しかし、彼等は絶対に諦めませんでした。故郷を憧れながら、小さくても国へ帰る希望を持ち続けました。バビロン捕囚は罪の故の神からの懲らしめであるならば、懲らしめが済んだら、主がいつか彼等を覚え、救って、故郷に帰らせて下さると言う小さな希望です。

 

【イザヤの解放の預言】

そして、神は突然預言者イザヤを通してバビロニアにいるイスラエル人に語り掛けました。イザヤはその主からのメセージを書き記して、バビロンで捕囚された同民族に送りました。その内容は素晴らしい救いのニュースでした。

 

【わが民を慰めよ(イザヤ書40:15

「慰めよ、私の民を慰めよとあなたたちの神は言われる。エルサレムの心に語りかけ、彼女に呼びかけよ、苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを主の御手からうけた、と。呼びかける声がある。主の為に、荒れ野に道を備え、私達の神の為に、荒れ地に広い道を通せ。谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。けわしい道は平に、狭い道は広い谷となれ。主の栄光がこうして現れるのを肉なる者は共に見る。」

 

【捕囚から故郷ヘ連れ帰える主】

やはり主なる神はイスラエル人を忘れませんでした。彼等の名前を覚え、罪を赦して下さいました。更に、懲らしめの時期が済みましたから、故郷ヘ帰らせて下さいます。神は力強い王のようにまっすぐな道を造って、御自分の民を荒れ野を通して導き、聖なる地イスラエルまで連れて下さいます。そして、その万軍の王のような神は同時に柔和な羊飼いのような愛する神でもあります。「主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め、子羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる」(イザヤ40:11)と記されています。   

 

【現代は捕囚の時代】

愛する兄弟姉妹、今年もまた待降節に入りましたが、この世はどんな状態でしょうか。イラクとアフガニスタンの戦争は続き、まだ終わりが見られません。争いの故にアフリカでは難民が多く解決の見通しは暗いです。海賊行為は増え、毎日のように新しい事件が発生します。また、テロ行為があまりに増えて、それに私達はもう驚かなくなりました。以前には余りなかった酷い犯罪も珍しくなくなりました。更に、この世の金融制度が崩れ、不景気の暗雲が広がり、人々の投資と会社がだめになり、失業者が数え切れません。ですから、ある意味ではこの世の人々は捕囚のような状態です。以前に頼った安全が無くなり、家と故郷から追放されたような厳しい現状です。ですから全ての人はよりもっと良い世を待ち望んでいます。バビロン捕囚にいたイスラエルのように、私たちは懐かしい過ぎし日に憧れます。

 

【心の故郷】

私たちも救いのメセージを切に待ち望んでいます。何よりも私たちはまことの心の故郷に帰りたいのです。そして、その故郷にいるお父さんは、私を愛し、心から赦し、私たちのまことの故郷になる御自分の安全な家に受け入れて下さいます。

 

【馬小屋で生まれた救い主】

私たちはアドベントにその恵みを期待します。ヨセフと身籠っているマリアはナザレという町を出て、先祖の故郷、遠いベツレヘムに旅立ちました。そして、ベツレヘムに着くと宿には彼等の泊る場所がなかったから、馬小屋で泊りました。そこでマリアはこの世の唯一の救い主、イエス・キリストを生みました。つまり、その馬小屋は主イエスの初めのホームになり、私達のまことの家にもなります。

 

実は、神の御子イエス・キリストがいらっしゃる所は私達のまことの家になります。アドベントの馬小屋に主イエスは私達を迎えます。その主イエスは天から下って、馬小屋に生まれる程にこの世を愛します。更に十字架で私達の永遠の救いの為に御自分の命を捧げる程に私達を愛します。

 

【まことの故郷に向かって】

愛する兄弟姉妹、このクリスマスに故郷へ帰りますか。今年のアドベントに私達はもう一度そのところに向かっています。イエス・キリストがいらっしゃる所のみが私たちと全人類のまことの家になります。そのところで私たちは決して忘れられていません。そこで私たちは完全に愛されています。そして、そこで私たちは安全で、平安と喜びに満たされています。必ずや、イエス・キリストと共に歩むとき、私たちはまことの故郷に向かっています。(おわり)

 

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