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愛とはなにか

ウイリアム・モーア

2009.2.15

 

コリントの信徒への手紙一13章4−7

4:愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。

5:礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。

  6:不義を喜ばず、真実を喜ぶ。

  7:すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。

 

 

【世界のヴアレンタインデー】

皆さんも御存知ですが、昨日はヴアレンタインデーでした。ヴアレンタインデーは世界中に広まって、愛の祭りのようなものになりました。そして、ヴアレンタインデーの習慣は国によって異なります。アメリカとカナダの場合、男性は愛の対象に赤い薔薇の花束とチョコレートをプレゼントをします。ですから一年中で花屋さんの一番忙しい日はヴアレンタインデーです。英国人はヴアレンタイン•カードを好きな人に送って、ヴアレンタインのパーテイーも楽しみます。最近はインドにもヴアレンタインデーが守られて来ているそうです。そのロマンチックな日に男性は結婚をプロポーズします。そして、日本の場合も独特なヴアレンタインの習慣があります。2月14日に女性は男性にチョコレートを贈り、そして、3月の14日のホワイト•デーには男性がお返しに女性にキャンデイーを贈ります。

 

【日本のヴアレンタインデー】

日本の小学生の先生から聞いたお話ですが、最近の女の子は勇気があって、ヴアレンタインデーに好きな男の子の家へ行って手造りチョコレートやケーキを届けるそうです。そして、ホワイト•デーに男の子は恥ずかしいから、その子のお母さんがお返しを持って女の子の家に行くそうです。やはりヴアレンタインの習慣はそれぞれの国の文化に反映しますが、どこの国においても愛を大事にします。

 

【結婚禁止令】

皆さん、ヴアレンタインデーの始まりを御存知ですか。実は、その起源はとても古いです。今から1,700年程前に、ローマでヴアレンタインと呼ばれたキリスト教の教師が住んでいました。そして、その当時のローマ皇帝はクラウデイウスでした。クラウデイウスは戦争でローマ帝国の領土を拡張する為、自分の軍隊を増やしたかったのですが、軍に入りたい青年があまりいませんでした。彼等は家を離れ、戦争の為に遠い国へ行きたくなかったのです。特に彼等は妻と家族から長く離れる事に抵抗しました。そして、その問題の対策としてクラウデイウス皇帝は新しい結婚を禁じました。青年達が結婚しなかったら、大勢が自分の軍隊に入ると言う推論でした。

 

【最初のヴアレンタインデー】

言うまでもなく、結婚禁止令は受けが良くありませんでした。青年はそれが残酷だと思って従いませんでした。また、ヴアレンタイン牧師も結婚禁止はとんでもないと、密かに結婚式を授け続けました。そして、結婚したい青年達はヴアレンタイン先生の処に続々やって来て式を願いました。

 

ある夜、彼が隠れて結婚式を行っていた時、兵士が突然現れました。花婿と花嫁は逃げましたが、ヴアレンタイン牧師は捕えられ牢に入れられました。そして、皇帝の命に逆らう罰は死でした。

 

処刑を待つ ヴアレンタイン先生は信仰の故に死を恐れませんでした。それから沢山の青年達は応援する為に牢に来て、手紙と花とを独房の窓からヴアレンタイン師に渡しました。彼等も愛を大事にしたと言う事を伝えたかったのです。

 

応援者の一人に看守の娘がいました。お父さんの許しを得た彼女は毎日ヴアレンタイン先生の独房に入り、お喋りの相手になりました。皇帝の結婚禁止令に反対していた彼女にとって、ヴアレンタイン先生は英雄でした。やがて処刑の日が参りました。処刑台に行く前、ヴアレンタイン牧師は看守の娘に感謝の手紙を書いて、「愛を込めて、あなたのヴアレンタインから」とサインしました。その日は269年2月14日でした。そして、その日以来、多くの人々は色んな形で愛と友好の重要性を覚え、ヴアレンタイン先生の愛の為の犠牲を記念します。

 

みなさん、これがヴアレンタインデーの起源です。ヴアレンタイン牧師の犠牲的愛を覚える為に始まりました。彼は青年の幸福の為に皇帝を逆らって、自分の命でその報酬を払いました。

 

【男女の愛】

現在は、ヴアレンタインデーはおもにロマンチックな愛を祝う祭りになりましたが、ヴアレンタイン牧師が実行した愛は遥かにもっと素晴らしいものでした。言うまでもなく、ロマンチックな愛は感情に集中したもので大事な役割があります。その愛のお陰で二人の人は一人になり、家族を築き、神と協力して新しい命をこの世に生まれさせ育てます。そのような愛は神の御旨であり、この世に人類が続くために絶対に必要であります。聖書はロマンチックな愛の役割を認めて、それは神の賜物であると教えて下さいますが、聖書においてはその愛よりも他の愛を強調します。

 

【犠牲的行動を伴う愛】

その愛は感情よりも行動です。つまり、お返しを求めず相手の為に善い行動をするのです。そして、多くの場合その愛は犠牲が伴います。

 

【十字架の愛】

主イエス・キリストはその愛を説きました。御自分の地上の歩みを通してその愛を実行し、主の十字架の贖い死を通して完全に示して下さいました。

 

今日与えられた御言葉に使徒パウロはその愛を具体的に説明します。もう一度聞いて下さい。「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。」

 

この御言葉によりますとそう言う事こそが愛の概念であります。今日は愛の特性を御一緒に一つづつ学びながら、それが私の行動であるかどうか問い掛けたいと思います。

 

【愛は忍耐強い】

先ず、「愛は忍耐強い」です。このようなコンピューターの時代の私達は良い結果をすぐ得たがります。待つ事をあまり好みません。しかし、愛は忍耐強いと言っています。迷惑や怒らす事や遅くなる事や、私にはどうしても理解出来ない事など山程あったとしても、怒らずにそれらを負います。聖書の原文を見ると、ここでの忍耐の文字通りの意味は「長く悩む事」となっています。何か都合が悪くなり、周りの人にすぐ怒った事がありますか。愛は忍耐強いです。瞬間的な結果を要求しないで、むしろ、喜んで人の助けになりながら相手の人に時間を上げ、待ちます。

 

【愛は情け深い】

次は、「愛は情け深い」です。愛は情け深いとは積極的に人の助けになることです。特に痛みと傷のある者の処に行って、その人の世話を静かにします。

 

【愛はねたまない】

また、愛は「ねたまない」と記されています。隣人の成功や名誉や財産に対してうらやましく思いません。人の成功を恨むよりも、その成功を心から祝います。もちろんそれは易しい事ではありません。周りの人や兄弟の間でも、自分より誰かが良くなったら私達の反応はどうでしょうか。大抵、うらやましくなって、自分も同じ成功を欲しがります。その上、相手の失敗する事を楽しむ心さえも持っています。愛はそうしません。人の成功を心から喜びます。

 

【愛は自慢せず、高ぶらない】

更に、「愛は自慢せず、高ぶらない」と書いてあります。自慢と高ぶる事は何よりも人間関係を壊す力があります。自分が周りの人よりも賢い、偉い人間だと思ったら、もちろん人間関係が貧しくなります。愛は周りの皆を尊敬して、愛想が良いです。

 

【愛は礼を失せず】

愛は「礼を失せず」です。つまり、愛は自分を高くしません。むしろ、相手を高くします。愛の人は相手の良い点を探して、そこに焦点を合わせ発展させます。神様の目に映った相手の価値に注目します。

 

【愛は自分の利益を求めません】

愛の人は「自分の利益を求めません。」他の言葉で言えば、愛はわがままではありません。むしろ、損になっても愛は相手の利益を大事にします。

 

【愛はいらだたず、恨みを抱きません】

愛は「いらだたず、恨みを抱きません。」イライラする事は難しくはありません。この世の中には気に入らない事は沢山あります。しかし、愛は気を悪くする事を探さないで、怒らせても怒りません。誰でも気まずくなって怒りたい気持ちになった事があるでしょう。しかし、いらいらしたら愛する事が難しくなり、主イエスの霊は遠ざかります。

 

相手が私達に悪い事をしたら、それをなかなか忘れられません。その事を記憶して、いつでも必要な時にすぐ思い出す事が出来ます。しかし、愛はそうしません。愛は人を赦して、悪い事をすっかり忘れます。何も起った事のないようにします。更に、傷づけられても、お返しに愛は良い事を相手にします。主イエスが教えられました。「私はあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者の為に祈れ。」

 

【愛は不義を喜ばず、真実を喜びます】

今度は、愛は「不義を喜ばず、真実を喜びます。」嫌いな人が不幸に巡り合ったら、どんな気持ちでしょうか。喜びますか。「やっとあの人が受けるべき当然な罰を受けた」と言いますか。しかし、いくら当然であっても愛の者は人の苦しみの上に喜ぶ事をしません。

 

 

【愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える】

最後に、愛は「すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」と記されています。その意味は愛はけっして諦める事がありません。つまり、愛は楽観的であります。いつも周りの人の善い点を認めて励まします。相手がいくら扱い難くても諦めません。神の変化させる力が強いので、手に負えない人が一人もいないと信じます。

 

【愛する秘訣】

使徒パウロの愛の教えはいかがですか。私達はそのように愛するのが可能でしょうか。愛の人に聞いたら、そのように愛するのは秘訣があると答えます。愛の人によりますと、愛は自分自身から出て来ないと答えます。愛は私達におられるイエス・キリストの霊から出て来ます。神が先ず主イエスを通して私達を完全に愛して下さいました。イエス・キリストは十字架で御自分の身に私達の罪の為の罰を受けて、私達の為に御自分の命さえも犠牲にしました。

そして、その愛の力で私達は周りの人々を愛する事が出来ます。「私達が愛するのは、神が先ず私達を愛して下さったからです」と御言葉に記された通りです。(ヨハネの手紙一4:19)自分に与えられた神の大きな愛を経験しますと、相手を犠牲的に愛する事が可能になります。私達は神の大きな愛を受けて、答えとして、その同じような愛を周りの者の為に実行します。

 

ヴアレンタイン牧師は大昔自らを犠牲にして、大きな愛を持ってローマの青年達に仕えました。私達もイエス・キリストの霊を受けて、その霊に助けられ先ず隣にいる人から周りの人々を心から愛したいと願っております。

 

「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。」(おわり)

 

        

 

 

 

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